脳卒中や神経筋疾患の領域において、『運動麻痺』という言葉はよく耳にするかと思います。
今回は『運動麻痺』の定義や運動麻痺に関わる神経路についてお話していきます。
今回のお話で使用している参考書籍です。
今回の内容
- 運動麻痺とは
- 随意運動に関与する神経路
運動麻痺とは
1.運動麻痺の定義
運動麻痺といえば、関節を動かしたり運動が行いにくくなるイメージがあるかと思います。
脳卒中患者様の臨床的において、
・肩関節を屈曲しようとすると肘関節や手関節が屈曲してくる。
・足関節を背屈することができない。
・座っていると体幹が後方に崩れてくる。
・対象物に上肢リーチした際に手が揺れる。
・歩行しているときに立脚期で膝関節が過度に伸展する。
などの現象や症状がみられるかと思います。
ではこの中でどれが運動麻痺による症状で、どれが運動麻痺以外の可能性があるでしょうか?
脳卒中を発症すると、運動麻痺だけでなく、筋緊張異常、運動失調、感覚障害など様々な症状を呈します。
運動麻痺の原因と運動失調の原因はまるで違いますので、治療方法も大きく変わってきます。
そのため、評価治療につなげていくためにもまず運動麻痺が何か理解することが重要になります。
では、『運動麻痺』の定義とは何でしょうか?
私は今まで多くの研修に参加し、多くの文献を読んできました。
しかし、どの研修や文献でも『随意運動障害』ということは共通して言われていましたが、残念なことに『運動麻痺』という言葉に明確な定義は存在しないということが分かりました。
定義が存在しないという曖昧な言葉が臨床で頻繁に使用されているのはことには疑問が残りますね。
2.運動麻痺の言葉の意味
次に『運動麻痺』という言葉を『運動』と『麻痺』に分けてその意味を考えてみましょう。
まず『運動』とは、身体各部位の空間的位置の時間的変化と定義されており、これは身体運動において、『関節運動』として表現されています。
また、カンデル神経科学では、『ヒトは非常に多様な運動を行うことができるが、これを可能にしているのは約640の骨格筋の活動であり、その全てが中枢神経系に支配されている。』といわれています。
故に、運動とは『随意的に骨格筋を収縮させて関節運動を起こすこと』ということになります。
次に『麻痺』とは『中枢神経あるいは末梢神経の障害により、身体機能の一部が損なわれる状態』とされています。
これら『運動』+『麻痺』と『随意運動障害』を組み合わせると、
運動麻痺とは、『随意的に骨格筋を収縮させて関節運動を起こすことが、中枢神経あるいは末梢神経障害により障害されること』ということになります。
これを踏まえると、最初に述べたような、手足を意識的に挙げたりすることが出来ないことや、意識的に四肢を動かすことができないことが運動麻痺であると言えます。
一方で、肩関節を屈曲しようとすると肘や指が曲がってくる症状は、肩関節屈曲とは無意識下の現象となるため、この現象は運動麻痺では無いということがわかります。この無意識下での現象には『筋緊張』や『筋シナジー』関わってきます。
『随意運動』に関与する神経路
先ほど運動麻痺とは、『随意的に骨格筋を収縮させて関節運動を起こすことが、中枢神経あるいは末梢神経障害により障害されること』と述べました。
ということは、脳卒中患者様の運動麻痺を脳画像で評価していく際は、随意運動に関与する神経路の損傷程度を脳画像で診る必要があります。
随意運動に関与する神経路は皆さんも知っている通り、『皮質脊髄路(錐体路)』です。
この皮質脊髄路のどこかに脳出血や脳梗塞など損傷がある場合、運動麻痺が生じる可能性があるということです。
教科書的に皮質脊髄路の経路は、
一次運動野(第4野)
⇩
放線冠
⇩
内包後脚
⇩
中脳大脳脚
⇩
橋
⇩
延髄錐体交差
⇩
脊髄前角細胞
⇩
α運動ニューロン
この皮質脊髄路(錐体路)のどこかに損傷がある場合、運動麻痺が生じます。
脳画像で運動麻痺を評価する際は、この神経路に損傷が無いかをみます。
運動麻痺に対する脳画像の診方については、別の機会にお話しできたらと思います。
まとめ
・運動麻痺という言葉に明確な定義は存在しない。
・運動麻痺は『運動』と『麻痺』の言葉の意味から、『随意的に筋を収縮させて関節運動を起こすことが、中枢神経あるいは末梢神経障害により障害されること』である。
・無意識下での筋肉の収縮が障害されること(姿勢保持や自律歩行)は運動麻痺では無い。
・随意運動に関与している神経路は皮質脊髄路(錐体路)である。